January 28, 2008
学校や授業は個別的な性格を帯びているから,「分かる授業」の推進に王道はない。この学校のように,実践の継続とチャレンジを重ねる学校だけが,その道を開拓できるのだ。
January 26, 2008
新聞の時代錯誤 - 池田信夫 blog
小倉秀夫の見識はなかなか鋭い。既存メディアが信用できないのと同様、ネットメディアも信用に足るとは到底言い難い(ネットメディアの特性上、より効率よくプロパガンダに利用される可能性が高いことを考えると、既存メディア以上、ともいえる)。ネット発信の情報を無邪気に信用している限り、僕らは韓国のネチズンや中国の言論統制されたバカ学生となんら変わらないのだ。
また、朝日への反発=知的エスタブリッシュメントへの反発、と指摘した池田の目もやはり鋭い。しかし、朝日という知的エスタブリッシュメントを非難しておきながら、文春=産経という別の知的エスタブリッシュメントへと吸い寄せられる若者たちって何なんだろ(w
4 years ago • 0 notes
イラスト作者とtumblrユーザー間の論争 : ARTIFACT ―人工事実―
「作者への敬意を感じないんだよなあ…」まさしくそれが問題。やましさと敬意があれば、転載しても制作者はそれほど怒らないはず。ま、やましさと敬意があれば無断転載はしないのでは、って話もあるが(w
4 years ago • 0 notes
January 23, 2008
[N] 「佐野元春ブロガーミーティング」レポート
佐野元春は未だにとてもイノセントだ。50過ぎた今でも、ティーンネイジャーの気分のようだ。自分にとってクールかそうでないか。それが重要。そのアティテュードがクールなんだな(文体・少々佐野風味)。
4 years ago • 0 notes
偉大な言葉を吐いているのだと愚かにも振る舞うから,政治評論が無味乾燥となるのだ。誰も偉大な言葉など吐けない。われわれはみな,途方に暮れながらも何とか自分の考えを書き綴ろうとしているにすぎない。神殿をつくろうとしているのではないのだから,自分が偶像であるかのように振る舞う必要はない。われわれは,砂浜に絵を描いているようなものだ。すぐに波がきて洗い去ってしまう。本を一冊著したからといって,それは無限に小さい一片の走り書きにしかすぎない。であれば,なぜ一段高いところから大言壮語する必要があるのか。
事の真相は,誰もが過ちを犯すことを恐れているということだ。だからもったいぶった常套文句を用い,尊敬を買おうとするのである。しかし,過ちを犯すまいという気持は一種の病気である。言葉をつくろい,修辞で包み,留保する。話すときも自分の声の響きに自信がもてず,はっきりしない言葉でもぐもぐとつぶやく。そして,思考とは冒険であると正直に認めて過ちを恐れずに直進する人間を冷ややかに見下しながら,自分の臆病についてしたり顔で弁明する。
われわれは,うまくバットを決めようと一生懸命になるあまり失敗してしまうときのように,幸せになろうとばかりあせっているのだ。一生懸命に力んでもうまくいくものではない。世界に真理を伝えることができるとしても,それは何千本かのミス・ショットのなかの幸運な一打にすぎない。息を止めて,用意周到に徹したからといって,われわれは常に正しくあれるわけではない。
事の真相は,誰もが過ちを犯すことを恐れているということだ。だからもったいぶった常套文句を用い,尊敬を買おうとするのである。しかし,過ちを犯すまいという気持は一種の病気である。言葉をつくろい,修辞で包み,留保する。話すときも自分の声の響きに自信がもてず,はっきりしない言葉でもぐもぐとつぶやく。そして,思考とは冒険であると正直に認めて過ちを恐れずに直進する人間を冷ややかに見下しながら,自分の臆病についてしたり顔で弁明する。
われわれは,うまくバットを決めようと一生懸命になるあまり失敗してしまうときのように,幸せになろうとばかりあせっているのだ。一生懸命に力んでもうまくいくものではない。世界に真理を伝えることができるとしても,それは何千本かのミス・ショットのなかの幸運な一打にすぎない。息を止めて,用意周到に徹したからといって,われわれは常に正しくあれるわけではない。
宅ふぁいる便エンタメ!☆
そのソニンと諸岡なほ子を両方使っている「宅ふぁいる便エンタメ!☆」。こんなとこまでエンタメコンテンツ作るのかい、とこれまで揶揄してました。ごめんなさい(w しかし、ここの制作ディレクターは自分と女性の趣味が同一の人なのかもしれんな。。。
4 years ago • 0 notes
